筑前に残る出雲の神々の神社群     棟上寅七

棟上寅七の古代史本批評ブログで「邪馬壹国探索の旅」というタイトルで、筑前国黒田藩の地誌「筑前国續風土記三部作」の記事を参考にコロナ禍の中1年余をかけて研究してきました。その過程で、筑前国の黒田藩の藩士加藤一純が藩命で調査し、1798年に完成した『筑前国續風土記・附録』に見える筑前国に存在する神社の祭神の記録をまとめてみました。

この書名「附録」の意味はその約1世紀前に貝原益軒が1688年に著わした『筑前国續風土記』について、その後の変遷についての調査、という意味での「附録」という書名なのです。一純は貝原益軒の『筑前国續風土記』について述べるのに「本編」という語を用いて、”この件については本編に詳しい”と言うように益軒を立てての著述になっています。

益軒は神社の祭神については、著名な神社についてはその祭神についても触れていますが、一純は、森や山自体を崇めているものは除外して、少なくとも祠があり人々が崇めているものについては採録再録した、と述べています。その結果が次の数字に表れています。益軒が言及している神社数は806社ですが、一純は2296社について調べています。

出雲とヤマトの関係については古事記などに残る『出雲風土記』の記事から古代の出雲の姿を浮かべ出す論考は多いのです。わずか古田武彦師が九州とのつながりについて述べているのがまとまった論考かと思われます。

『盗まれた神話』で古田師は「天孫降臨以前の政治地図」という項で次のようにまとめています。

 以上「出雲古事記」の史料性格の分析を終えた。今まは、あの残された課題を見つめるときがきた。この「大国中心政治地図」のもつ“「天国」部分の空白”の意味だ。まず注意しよう。ここにしめされているものは、「大八州国」と同じく、「政治地図」であって、「自然地図」ではない。ここにしめされた地域しか“知らなかった”わけではない。“勢力範囲におさめていた領域”だけを記しているのである。

 この大国は、自己の根拠地たる出雲以外に、朝鮮半島釜山近辺たる韓(加羅)の地と、博多湾岸とその山地周辺に当る三点(糸島郡付近。白木原付近。太宰府・基山・久留米付近)を、その“勢力下”におさめいたのだ。

 つまり、朝鮮半島から日本列島に至る、あの幹線道路の始発点と終点とをおさえているのだ。だが、それらはいずれも「点」にすぎず、“狭い領域”だ。博多湾岸近辺も、この三点に分かれている。だから、これら“小領域”に比べて、自己の本拠(面)を「大国」と誇称したのではないだろうか。(同書第十四章最古王朝の政治地図より)



しかし古田師が、この「筑前国全体に残されている産土神として崇められている出雲の神々の現実」を知っていたら「大国と誇称した」という評価にはならず、実態を誇っていたということになります。もしあの世でお会い出来たら報告したいことが一つ増えました。

旧事紀や古事記に見えるように、筑前国の宗像大社の三女神が天照大神の娘たちであり、どうやら大国主命の妻となった、という伝承があります。この伝承に従えば、大国主の方が天照大神より上位者であったのではないか、と思われるのです。後年の天武天皇が天智天皇の娘たちを娶ったのと同様な力関係があったものと思われるのです。

しかし、この点については、日本書紀の記述には見えないのです。

この点の論議についての史料ともなりうる一純の調査記録と思われますので、『筑前国續風土記・附録』にみえる出雲関係の神々を持つ神社106社の内容をダイジェストとして掲示しておきます。

以下のデータの出典元は、1989?年に文献出版社から出された『筑前国續風土記・附録』に拠りました。


 

 出雲関係記事ダイジェスト

筑前国全体神社 大小社数 二千二百九十六社 本編に載るところは八百六區

001)福岡 警固神社 社説では総社大明神大己貴命

002)萬行寺前町 諏訪大明神社。小社なり。健南方冨命を祭る。昔は大社。長崎の諏訪社は此所より勧請す。

003)西町 楊池神社 祭る所少彦名命。社内に大国主社・夷子社・稲荷社あり。

004)鰯町 恵比須社。祭る所三座 中、宇迦之御魂神・左、事代主命・右、辨財天。慶長五年ここに祀る。

005)堅町濱 恵比須社 祭所事代主命。鎮座年暦不詳。

006)濱口町濱 昔より恵比須社有。故に一名を恵比須町ともいふ。事代主命。神體ハ木像二軀あり。蛭子或は大己貴・小彦名二神とも云。鎮座の初不詳。

那珂郡
007)堅糟村 飛来権現社 大己貴命・少彦名命。馬出・金平・辻・堅糟・180町の地主神。

008)仲村 現人大明神 祭神住吉三神。岩戸河内十二村の産霊。社内に玉依姫者・少彦名命社・六郎社あり。

009)一ノ瀬村 山王神社 日吉と山王と同神なり。日吉廿一社を祭れり。

010)下警固村 産神は警固明神也。 本編参照。

011)南面里村 大索牟智社 大己貴命 慶長四年十月始て祠を建て産霊と崇む。

席田郡
012)立花寺村 山王権現社 産神也。祭神大己貴命・天御中主命・彦火火出見命。鎮座の始不詳。

御笠郡
013)隈村 日吉宮 産神也。祭る所大己貴命一座。

014)通古賀村 王城大明神社 産神也。祭る所事代主命、鎮座の始不詳。

015)平等寺村 山王宮 産神也。大己貴命を祭る。鎮座の初不詳。

016)観世音寺村 山王社 産神也。日吉廿一社を祭れり。

夜須郡
017)彌永村 甘木ほか計14村の産神。大神大明神社。祭る所三座、大己貴命・天照大神・春日明神也。

018)入地村 山王神社 産神也。天児屋根命・大己貴命を祭る。長淵村より勧請。

019)長淵村(産神は惠蘇八幡宮) 山王神社 祭る所大山咋名・大己貴命・應神天皇。社説に平城天皇の御宇、大同二年丁亥卯月、釋最澄比叡山の神を此所に勧請。

020)須川村 大行事社 産神なり。 本編p234にみえたり。

021)黒川村 鎮守宮 産神也。祭る所大己貴命・埴安命・埴山姫命。鎮座の始不詳。

022)久喜宮村 日吉山王社 若市・古賀・寒水の三村も産神と崇む。本篇p240に見える。社内に白髭大明神(猿田彦)社。

023)池田村 把岐神社 杷岐大明神とは大己貴命・武甕槌神なるよし縁起にある。

下座郡
024)林田村 林田神社 産神 中・大己貴命、東・素盞鳴尊、西・事代主命

025)桑原村 田神社 産霊は林田村神社 社内に山王宮あり

026)長田村 山王宮 日吉七社

027)平塚村 キタデラ というところに山王宮がある。

上坐郡
028)下中益村 祇園社 素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫命を祭る。

029)下山田村 諏訪大明神

030)平村 熊野宮 境地に諏訪明神

031)上三緒村 窟宮 高山・新山両所の産神なり。大己貴命・少彦名命を祭る。岩窟の高さ二丈餘あり。

032)下三緒村 立岩村 村中たかき所森の内に大なる石有。伊弉諾尊・伊弉冉尊・手力雄命・大己貴命・少彦名命五神を祭りしか、齊明天皇の御宇、伊弉諾・伊弉冉二神を熊崎に移し産神とす。熊野宮なり。清和天皇の御宇、大己貴命・少彦名命を別伝に移し遷宮大明神と號す

033)立岩村 立岩。初ハ伊弉諾尊・伊弉冉尊・手力雄命・大己貴命・少彦名命五神を祭りしか、齊明天皇の御宇、伊弉諾尊・伊弉冉尊二神を熊崎に移し産神とす。

034)立岩村 熊野宮なり。清和天皇の御宇、大己貴命・少彦名命を別殿に移し遷宮大明神と號す。

035)鯰田村 寶滿宮 社内に窟神社少彦名命あり。

036)赤坂村 許斐神社 祭神6座 素戔嗚尊・稲田姫命・大己貴命・五十猛命・大屋津命・瓜津姫命也。

037)筒野村 窟権現 大己貴・少彦名命二神を祭れり。

038)岩崎村 八幡宮 社内に諏訪明神の社あり。

039)下臼井村 山王宮 産神也。祭る所の神五座、大己貴命・國常立尊・正哉吾勝々尊・國狭槌尊・伊弉冉尊なり。

040)上臼井村 日吉神社 此村及び平山の産神也。祭る所七座、大己貴命他六神

穂波郡
041)土居村 老松宮 産神なり。祭る所大汝命・事代主命・大物主命也。

042)吉隈村 日吉山王社 産神也。祭神七神、大己貴命・他六神。

043)土師村 老松宮 内山田、彌山二村も此社の敷地なり。祭る所三坐、大物主命・大己貴命・事代主命也。

044)内山田村 産神は土師村老松宮也。天神社少彦名命を祭れり。

045)八木山村 老松社 社内に大己貴社あり。

鞍手郡
046)竹原村 諏訪大明神社 産神也。祭る所建御名方命・八坂入姫命也。鎮座の初傳ふることなし

047)福丸村 日吉山王社 産神也。祭る所の神ハ山王廿一坐なり。

048)原田村 原田大明神社 祭る所二座、武御名方命・八坂入姫命也。

049)長井津留村 八所大明神社 産神也。高産霊尊ほか七神を祭る。その中に大宮姫・事代主命もある。

050)下村 山王権現社 吉川河内の惣社也。祭れる所の神ハ、日吉七座大明神・三島明神・沙川明神

051)脇田村 日原社 産神也。祭る所の神三坐、大玉祇命・大己貴命・市杵嶋姫命也。

052)鶴田村 山王社 産神也。大己貴命を祭れり。建武年中に勧請すといふ。

053)植木村 日吉社 産神と同じく祭れり。産神は中山村劔大明神也。

054)御徳村 蔵王権現社 祭る所、大己貴命・少彦名命也。

055)畑村 山王権現社 産神也。山王廿一社を祭る。

056)野面村 八所大明神社。祭る所の神八坐。その中に事代主命がある。

遠賀郡
057)波津村 牧大明神社 祭る所ハ大己貴命也。鎮座の年暦不詳。湯川十八戸の産神。按るに社號を牧大明神といひ大己貴命をまつれることハことはりなり。上世大己貴命、牧馬を得給ふこと舊事本紀にみゆ。

058)山鹿村 狩尾大明神社 産神。祭る所大國主命。

059)若松村 日吉社 大山クイ命

060)小石村 日吉社 大山クイ命 由緒出雲か不明

061)頓田村 日吉社 産神

062)藤田村 山王廿一社

063)熊手村 熊手権現社 熊手及び他町・晋町・舟町の産神。大國主・少彦名・縣主神三坐。諏訪明神あり。

064)小嶺村 八千才多問天王社 祭る所大己貴命・天照大神・春日明神也。

065)中間村 惣社大明神 産神也。祭る所四座、大己貴命・天照大神・素戔嗚尊・稲田姫命。

066)二村 八劔宮 産神。日本武尊など七座の中に大己貴命あり。

宗像郡
067)田熊村 示現社 産神也。祭る所大己貴命・素戔嗚尊。

068)須多田村 天守天神社 産神也。祭る所少彦名命なり。鎮座の年暦不詳。

069)大石村 天守天神社 産神也。少彦名命を祭る。鎮座の初不詳。

070)福間村 諏訪神社 祭る所武御名方命・大己貴命・少彦名命なり。鎮座の年暦詳ならす。

071)内殿村 十社大明神社 産神也。祭る所田心媛命・・・・・・建御名方命也。

072)(このあとに)申王子あり。猿田彦なりと記せり。申王子ハ大己貴命・猿田彦命二神を祭るといふ。

073)八並村 的原大明神社 産神也。祭る所大己貴命・味耜高彦根明・下照姫命・諏訪大明神・小木大明神也。鎮守の年暦傳ふる事なし。

074)徳重村 天森天神社 少彦名命・菅公二神を祭れり。

075)石丸村 七社宮 此の村及赤間村の産神也。祭る所大己貴命・國常立尊・忍穂耳尊・國狭槌尊・伊弉冉尊・瓊瓊杵尊・惶根尊也。社伝に、天武天皇白鳳年中鎮座し給ふとあり。

076)東郷村 矢房宮 産神なり。祭る所天照太神・田心媛名命・大己貴命

糟屋郡
077)箱崎村 八幡宮 境内末社七宇あり。諏訪明神を含む。

078)笹栗村 諏訪神社 産神。祭る所四座、伊弉諾尊・建御名方命・玉依姫命・高龗神。

079)上山田村 齋宮聖母宮 神功皇后を祭る。相殿に天疎向津姫命・武甕槌命・事代主命・及び三神を祭る。

080)内橋村 熊野神社 社内に石神あり。大己貴命・事代主命・少彦名命三神を祭る。

081)名嶋村 辨才天社 産神。辨才天・諏訪明神・白髭明神・天照太神・山王権現五座を祭れりと云。

082)小山田村 齋宮 産神。祭る所天疎向津姫尊・健布都神・事代主命・天神地祇八百萬神。

083)蒋野村 天降天神社 産霊とす。祭る所少彦名命一座。

084)新宮村 磯崎大明神社 産神なり。祭る所素戔嗚尊・大己貴命・少彦名命。本編にハ住吉の神を祭るとあり。今の三座の神號は元文の年録せる縁起に見ゆ。しかれば後に改めしなるへし。

085)上和白村 大神大明神社 産神。大己貴命をまつる。鎮座の初不詳。

086)下和白村 大神大明神社 産神。祭る所大己貴命。上和白村より勧請。

早良郡
087)山王社 大己貴命・少彦名命・罔象女命・八大龍王・八雷神・保食神・鏡大明神を祭る。

088)姪濱村 祇園社 祭る所素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫命。

089)原村 諏訪神社 産神也。祭る所建御名方命・熊野三神・住吉三神。

怡土郡
090)上原村 祇園社五所(村)の産神 素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫命。鎮座の始不詳。

091)王丸村 天神森 社はなし。五稜のきり石に天照太神・倉稲魂・大己貴命・少彦名命・埴安命五坐の神名を彫刻せり。春秋に祭るとそ。

092)住吉宮 井原・西堂の産神。祭る所住吉大神・八幡大神・神功皇后・高良大神・諏訪大明神。鎮座の始不詳。

093)瑞梅寺村 山神社 水無原の産神也。祭る所大山祇命・御歳神(大己貴命御子)

094)多久村 十六天神社 社内に大國主命社なり。

志摩郡
095)宮浦村 唐泊 大蔵大明神 産神。祭る所素戔嗚尊・大己貴命・他四神。

096)小呂嶋 七社大明神 産神。本編に宗像三神を祭るとあるが、いつの頃にか猿田彦・蛭子命・天岩樟橡命・大國主命四座を合せ祭りしより、七社大明神と號す。

097)桑原村 老松神社 産神。祭る所四座、菅神・素戔嗚尊・底筒男命・建南方命。天文十六年、領主斎藤播磨守大神出雲再興の棟札あり。

098)元岡村 日吉神社 大己貴命を祭る。七十戸の産神。

099)野北村 祇園社 産神。祭る所ハ素戔嗚尊・稲田姫命・大己貴命・五十猛命・一言主命・事代主命六座。

100)野北村 岩尾社 岩屋の観音。社家ハ大己貴命・少彦名命二神を祭るという。

101)芥屋村 龍王子神社 百餘戸の産神。祭る所ウガヤフキアエズ他・・・・警固三神なり。

102)岐志村 花掛大明神社 村浦の産神。ノマスというところに大己貴神あり。

103)久家村 日吉神社 産神。祭る所大己貴命・少彦名命・事代主命。鎮座の始不詳。

104)師吉村 日吉神社 産神也祭る所大己貴命・少彦名命・事代主命。鎮座の年暦不詳。

105)潤村 七社大明神 土師村の産神也。大己貴命を祭る。鎮座の始不詳。

106)板持村 大己貴命社 村民朱雀某か居地にあり。年毎に十一月十五日に祭りあり。



以上の整理してみると、次のようになっているのが分かり、出雲と筑前のつながりが結構強かった、ということが分かります。

産神つまり産土神として大己貴命・大國主命・大汝命が主祭神とされているのは30社に及ぶ。

続いて多いのが事代主命など大国主の子供たちが産神としてあがめられているのが17社ある。

●なぜか少彦名命が単独の祭神とされている神社も多い。

特に002)の伝承は、国譲りで諏訪に逃げた、という説話の舞台は、ひょっとしたら筑前であったのかな、とも思わさせるのです。

特に島根の古代史研究家の方々に目を通していただきたいもの、とHPに上げてみました。   2023年2月5日記

少彦名命が単独で産神とあがめられているのが4社ある。